京都市右京区の整体は「やわら整骨院」つらい痛みを根本改善

経歴・資格

yawara_0089院長 髙松久仁彦

業界歴20年・施術数10万人以上

  • 柔道整復師
  • カイロプラクター
  • 隆鼻輪郭矯正士
  • JRCセラピスト
  • 福祉用具専門相談員

 

 

ごあいさつ

1C99E048-AB28-492C-BD45-733A371F587Fはじめまして。やわら整骨院院長の髙松久仁彦と申します。

まずは、私の事も知って頂くために自己紹介をさせてください。

私は、昭和50年(1975)6月4日に3人兄弟の長男として福岡市で生まれました。

よく「九州男児に見えない!」と言われ続け正解の返事がいまだにわかっておりません(笑)

その後、大阪を経て現在は京都に住んでいます。

 

幼少期は、母親が女の子が欲しかったせいか、おかっぱ頭で服装も女の子が着るような色を着せられており(笑)そのおかげか、大人しい子だったそうです。

ですが、運動は好きで小学生高学年になる頃には、野球、サッカー、陸上をやってきて親が丈夫に産んでくれたおかげでケガもなくやり続けることが出来ました。

そんな私ですから、整骨院に通う事もなく当時からすれば程遠い存在でした。

というか、整骨院ってなんだろ?っと思っていたくらいです(笑)

 

転機

施術そんな私ですから、今とは全く違う職種で会社員をしていました。

そこに、転機というか交通事故にあいまして、かなり重症でした。

手術中に死ぬかもしれないと両親には伝えていたみたいです。

そこは、持ち前のポジティブな思考(笑)で乗り越えましたが、日常に戻るのに1年ほどかかりました。

その頃に経験したものが健康に携わる仕事に就きたいと強く思うようになり、施術家を目指す事を決心しました。

そこから、カイロプラクティック院、整形外科のリハビリ、整骨院の合間に専門学校に通学をして必死に勉強をして常に成績も上位を常にキープ。

経験を積みようやく、国家資格を手にする事が出来ました。

仕事をしながらの学業は正直大変な時もありましたが、その頃の同僚やお客様に励ましや元気をもらい、なにより家族のサポートがあって取得できた喜びは今も忘れる事はないです。

その後、数年後に十分に経験も積んだ。次は家族があるここ京都太秦で悩まれている方をサポートしたいと思い、2011年11月に開業をしました。

 

開業してから

80C99C8F-E3C4-45EE-948D-1EC68D7A0176施術歴が長くなると必ず壁にぶつかります。

腰痛の中で軽度の状態なら今まで改善して卒業という形でやってこれたのですが、『神経痛で歩行障害がある』『介護が必要かも』といった重症お客様がなかなか改善されないといったケースが出てきました。

『なんでだろう』常にこの疑問に悩み、壁にぶつかってきました。

勉強を重ねるうちに、なんでだろう?から『なぜ、このような状態になってしまったのか』を考えるようになり、ヒトがヒトらしくある為には正常な歩行が必要だと考えるようになりました。

その為には、骨格の土台である『骨盤』が最重要であり、ただ、歪みを戻せばよいという考えから本来あるべき骨盤の『形』『機能』といった考えに辿り着き、現在は本当に歩く事すら出来なかった重度の腰の痛みで多くのお客様が改善して行っております。

 

私の考え方

説明私は、元々身体の不調で悩んでいたわけではございません。

ですが、この業界に入るきっかけとなった事故を経験した事でお客様が抱える辛さは私にも伝わってきますし、それを取り払いたいと強く思っています。

私に関わってくださった全てのお客様は辛さのない豊かな人生を歩んでいただくサポートを全力でしますので宜しくお願い致します。

あなたが踏み出したその勇気、私が受け止めます。

最期までお読みになってくださり、本当にありがとうございます。

 

 

経歴・資格

h2000px-A03R4637副院長 木村洋貴

  • あん摩マッサージ指圧師
  • 整体師
  • 機能訓練指導員
  • サッカー4級審判員

 

 

 

 

ごあいさつ

木村治療2はじめまして、やわら整骨院で勤務している木村洋貴と申します。

まずは、私の事を知って頂く為に自己紹介をさせてください。
私は、平成5年(1993)12月4日2人姉弟の長男として京都市で生まれました。

小さい頃は、よく姉におもちゃを取られて泣かされてました(笑)
今でも、トラウマです(笑)

幼少期から身体が弱かったこともあり、色々と苦しい経験もしてきました。
そんな時期に、とある整骨院に通ったのがきっかけで少しずつ、身体が強くなっていき
小学生5年生からサッカーを始めれるようにまでなりました。

整骨院に通った事で苦しむ事も少なくなり、サッカーを社会人まで続けれるまでになりました。

 

施術者を目指した理由

私が、施術者を目指した理由は、大学を卒業して1年程経ったときに幼少期から出ていなかった
大きな喘息の発作が起こったことでした。

その当時に、私は改めて自分の身体が弱いと痛感しました。
『心細さ』や『将来』、老後には『どうなってしまうんだろう?』という
不安にかられた事を今でも鮮明に覚えています。

同時に、この苦しさを他の人には、してほしくないなと思うようになりました。
それがきっかけで、施術者としてやっていきたいと強く想ったのがきっかけになりました。

 

私の考え方

木村治療風景身体が苦しいとき、辛い時、本当に悩んでいる時は『心細い』です。

一人では、弱気になったり、心が折れてしまったりしてしまうと思います。
だからこそ、苦しんでいる人には、身近に専門的な知識を
持ったサポートをする人間が必要です。

そうならない為にも、私がここにいてます。

必ず支えます。

諦めなければ、必ず希望が見えてきます!

一緒に立ち向かいましょう!!

 

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